米国最大規模の小売業界の展示会、『NRF Retail Big Show 2023』特集。
ここまでメイシーズ、ユニオン・スクエア・ホスピタリティ・グループ(USHG)、ニーマン・マーカスなどのデータ活用について見てきましたが、これらには1つ共通する大きな問題が存在します。
それは、小売店舗、レストラン、スーパーやドラッグ・ストア、さらには、それらのEコマース・サイト上の商品、顧客、在庫など何のデータでも、そこで取り扱われているデータの大部分が、すでに知っている「守り」のためのデータということ。
例えば、マルチチャンネルでの売上データを地域別に比較し、店舗統廃合や合理化策を進めたメイシーズでは、当然、店舗で取り扱う商品も、既存の商品の売上データをもとに、売れている商品の取り扱いを増やし、その逆に、売れていない商品の取り扱いを減らしていると推察される。そうすれば、より合理的に、安定した売り上げを維持できるかもしれません。
でも、この方法では、最新トレンドを先取りして、これまで取り扱っていない(=売れるかどうか分からない)新商品を競合他社よりも先に売り出すことは不可能です。すでに分かりきっている既存の商品データからだけでは、自ら新しいトレンドを生み出すことはできません。
つまり、「守り」のためのデータ活用だけでは、閉塞感が高まり、取扱商品は陳腐化し、いずれ必ず行き詰ってしまうのです…。
それで、ようやく、メイシーズが買収した新感覚小売店「ストーリー」が消滅した理由が分かりました。
かつてニューヨークには、雑誌の編集と同じスタンスで、Love(愛)やColor(色)など定期的に新しいテーマを決め、店舗スペースを紙面にみたてて関連商品を販売しつつ、1つの物語を展開する「ストーリー」(Story)という名前の小売店が存在しまして、うちのブログでは、かなり頻繁にその動向を取り上げておりました。
2011年12月創業。場所は、ギャラリー街として知られるチェルシー。小売店舗の新しい価値を追求し、雑誌と同様、店内にスポンサー(例えば、自動車メーカーなど)のコーナーまでありました。創業者のレイチェル・シェヒトマン(Rachel Shechtman)さんは、雑誌「ファストカンパニー」による『2012年版ビジネス界の最もクリエイティブな100人』の一人にも選ばれ、Eコマースが拡大する時代に、小売店舗を再びエキサイティングにする方法について語っていたほど。
2018年5月、そんなストーリーがメイシーズに買収されました。
しかし、それは単なる企業買収ではなく、ストーリーの創業者兼CEOのシェヒトマン氏を、メイシーズのハル・ロートン(Hal Lawton)社長直轄の「ブランド体験オフィサー」("brand experience officer")に起用し、メイシーズをより「体験」重視の小売店に生まれ変わらせようという狙いがある、と報じられていました。
期待は高まりました。でも、結果はさんざんでした。
メイシーズ内に作られたストーリーは、本来の魅力が失われた、似て非なるものだったのです。今から振り返ると、偽物と言ってもいいでしょう。巨大資本に買収されたのに、なぜ劣化したのか? その理由は誰からも何も説明のないまま、突然、2020年6月26日、レイチェル・シェヒトマンさんがメイシーズを辞めると報じられました。その理由も明らかにされませんでした。そして、現在、世界で初めてメイシーズ版ストーリーが作られたメイシーズのニューヨーク本店中二階(the mezzanine level)の約4,000平方メートルもの広大なスペースは、キャンディー・ストアのイッツ・シュガー(It' Sugar)に様変わり。あの個性溢れる「新感覚の小売店」と呼ばれたストーリーは、この世界から完全に消滅したのです。
なぜ、メイシーズに買収された「ストーリー」がその輝きを失い、消滅に追い込まれたのか? 今年の『NRFビッグ・ショー』でメイシーズ・インクの会長兼CEOであるジェフ・ジェネット(Jeff Gennette)さんによるこの講演 を見て、その長年の疑問がようやく解けました。
近年のメイシーズでは、これまで見てきたような「守り」のデータ活用が主流になっているのでしょう。
だから、「守り」のデータ活用とは真逆で、最新トレンドを先取りした(あるいは、自ら最新トレンドを作り出し、打ち出す)「売れるかどうか分からない商品」を実験的に取り揃えるストーリーのような小売りの手法は、社内の主流派に排除された…ということなのでしょう。
でも、「守り」のデータ活用だけで、本当に大丈夫?
最新トレンドを先取りした(あるいは、自ら最新トレンドを作り出し、打ち出す)「売れるかどうか分からない商品」を実験的に取り揃えるストーリーのような小売りの手法の成功確率を高める「攻め」のデータ活用も、「守り」のデータ活用と同じように、あるいは、それ以上に重要になってくるのでは?
それじゃ、「攻め」のデータ活用とは、どんなものになるの?…と、この続きは、次回へ。